過去

児相から施設へ。

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児童養護施設、通称施設と呼ばれるところが私の育った家です。
何もかも流れるままに、小学生だった私も従うことしかできなかった。
すぐに慣れなかったけど、母といるよりは施設で暮らしてた時の方が楽しかった気がする。話せば長くなるし、もちろん我慢とか嫌なことはたくさんあるし、ルールもあって、生活は林間学校みたいに決まってるし。

母との生活は思い出せる事と思い出せない事があって、もう大半は思い出せない。こうやって思い返してみても思い出せない。なんていうか…。たぶん知らない間に記憶から抹消したんだと思う。お笑い芸人の田村さんみたいにいつか私も大人になったら親に会いたい!とか思うんかなとか考えたことあったけど、ない。私の場合は。血の繋がった親だからとか、そんなんじゃなくて。

そんな綺麗な思い出もないし、もし会ったとしても話すこともたぶんない。もう今更関わりたくない。ごめん、無理。たぶんそう言う。取り返しのつかない事ってあると思う。自分の大切なものなら離したらだめやと思う。捨てられた私が何言ってんだか。話を戻して。施設の生活は1日のスケジュールも決まってるし、自分のしたいことをできない時もあるけど、悪いことばっかじゃない。

生きて行くことはできるし、合う合わないとか性格のこともあるんだろうけど、私は実の母と暮らすよりはよかった。もちろん施設の友達とケンカだってしたし、言い合いにもなったし、先生ともケンカだってしたけど、話を聞いてくれる人はいた。私の母とはほとんど会話すらなかったし。ケンカしたりする相手も必要かも。あの頃は何を考えて生きてたのか覚えてないけど。

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